
お小夜節
五箇山民謡の恩人・お小夜
お小夜節は、もともとは「まいまい」の唄と踊りでしたが、お小夜の出現によって「お小夜節」と呼ばれるようになりました。
お小夜は、その昔五箇山小原(上平)に流されてきた遊女でした。元禄3年「加賀騒動」の首謀者・高崎半九郎ら4人と遊女20人が輪島(石川県)に流刑となりましたが、お小夜は輪島の出身だったため、それでは意味がないということで、小原に流されたのです。しかし、お小夜は流刑の身でありながらも、流刑小屋ではなく土地の庄屋へあずけられ、自由に外出することができました。また、美人で芸達者だったお小夜は、持ち前の芸を活かして村人たちに三味線や唄や踊りを教えたことから、たちまち村人たちの憧れの的となりました。
やがてお小夜は、吉間という村の青年と恋仲となり、何度目かの夏、彼の子を身ごもってしまいました。お小夜は、罪人の身で妊娠したことが藩に知れると、吉間や村人に迷惑がかかると思い悩んだ末、庄川に身を投げてその一生を閉じました。小原地区には、五箇山民謡の恩人・お小夜を偲んで村人たちが建てた「お小夜塚」があり、お小夜と吉間の出逢いの場であった女郎ケ池(現・民謡の里)では、毎年おさよ祭りが行われています。
歌詞
名をつけようなら お小夜につきゃれ
お小夜きりょうよし 声もよし 声もよし 声もよし
峠細道 涙で越えて
今は小原で 侘び住まい 侘び住まい 侘び住まい
心細いよ 籠乗り渡り
五箇の淋しさ 身にしみる 身にしみる 身にしみる
庄の流れに 月夜の河鹿(かじか)
二人逢う瀬の 女郎が池 女郎が池 女郎が池
輪島出てから ことしで四年
もとの輪島へ 帰りたい 帰りたい 帰りたい